恋するキング



恋するキング/ネコ千代様

夏の蝉の声が耳障りに響く昼下がり。

「はぁ」
「どないしたん、跡部。らしくないやん」
丸メガネをくいと上げ、氷帝の天才が振り返る。
帰りの車へ向かう道の花壇が鮮やかだった。
「跡部?」
「俺は俺が思ってるほど、魅力がないのかもしれねーな」
花壇を見下ろして、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にすると、忍足が神妙な顔をした。
「・・・変なもんでも食べたんか?納豆たこ焼きとか」
「あんな不味いもん、二度と食うかよ」
肩透かしをくらって、興がそがれる。
呆れて歩き出すと、忍足がついて来た。
「待ちーて!冗談やろ! 何があったん?」
いまさら、と顔前面で言ってから、口を開く。
「惚れてる相手だけにそっけなくされたら、誰でも理由を考えるだろ」
「はぁあ??お前が、彼女に、冷たくされとるんかあ?」
聞いたこともない間の抜けた声である。
「そうじゃなけりゃ、こんな話しするかよ」
「ほんまに、らしくないやん」

苦々しい話しだ。

相思相愛を確認しあったはずが、それから先がまったくもって恋人らしくない。
帰り道ですら、お互いの時間が合うときのみで、こうやって忍足なぞと一緒に行動している始末だ。

「大体、彼女が居るように見えんかったで」
「ほとんど、二人で過ごしたことねーからな」
「おいおい、それ恋人ゆーんか?」
「知るかよ」
車まで着くと、忍足が手を振っている。
「乗って行かねーのかよ」
「岳人とクラスメートが、本屋で待っとんねん。一人寂しく帰りや、景ちゃん」
「気持ち悪い呼び方するな!ドコへでも行っちまえ!」
薄笑う忍足に悪態をついて、使用人の開けている車に乱暴に体をねじいれた。

部室に行くとレギュラー用PCルームからの賑やかな声が響いてくる。
ドアを開けた瞬間に、笑い声が爆ぜた。
日吉と向日、慈郎に忍足も準レギュラーも数人いた。
「あ!跡部!」
振り返った慈郎の顔には、緑・赤・黒の虫をモチーフにした面がついている。
「跡部!これ、昨日行ってきたんだ!!いいだろー!!」
おもむろに摩訶不思議な動きで、はしゃぎ出す。
「これも何も、どこに行ってきたんだ」
「お祭りだよー!忍足たちと行ってさ!!途中で日吉にも遭遇したから、一緒に回ったんだ!」
「日吉も・・・」
「うん!!日吉、ヨーヨー取るの、めちゃくちゃ上手かったんだぜ!ちょー凄かった!!」
尚も楽しそうに慈郎は話している。その様子で、ここにいるほとんどがお祭りに行った面々であるのが伺えた。
疎外感に部屋を出ようとしたところで、ドアの前にすっと誰かが立った。
日吉だ。
「なんだよ」
「いえ・・・」
しかし、そこを道をあける気はないらしく、突っ立ったままだ。
仕方なくソファに腰を下ろして、昨日の夏祭りのことを楽しげに話している様子を見ることにした。
「跡部部長は忙しかったんですか?」
「は?」
ソファの横に突っ立った日吉が、唐突に話しかけてきた。
「お祭り、来ると思ってました。忍足さんたちと一緒に」
「祭り自体知らなかった」
「・・・誘えばよかったですね」
「そうだな」
疎外感を出来る限り意識しないように、携帯を取り出した。
「何で俺が忍足たちと一緒に来ると思ったんだよ」
「忍足さんが、声かけようかなって言ってたので」
「ふぅん、そうか」
なら、もしかしたら、聞いて二言目に断ったのかもしれない。
日吉の名前が出ていれば行きたいと思っただろうに、日吉も妙な行動を取ったものだ。
本当に、これが恋人なのだろうか。
携帯をいじりながら、情けなさに言葉が出ない。
「跡部部長、今日は忙しいですか?」
手が止まってしまった。
「何もねーよ」
「そうですか」
「なんだよ、はっきり言え」
表に出さないようにと心がけているが、自然と刺々しい雰囲気が出てしまう。
「・・・あ、の、よかったら、一緒に帰りませんか?」
情けないのは自分も同じかと、頭を抱えたくなった。
今の今まで不機嫌を押し殺していたのに、その一言で羽でも生えたようだ。
「帰りに連絡する。用事済ませておけよ」
「はい」

振動のパターンで日吉のメールが来たとすぐにわかる。
いそいそと携帯を見ると、すでに校門にいるとの内容だった。
周りに悟られないように、そそくさと移動を始めた。
「跡部やん。今日は早いな」
「あん?今日は用事があってな」
廊下を歩いている最中に、どこからともなく現れた忍足が声をかけてくる。
「日吉には、忙しくないって言ってたみたいやけど?」
いつその話しを日吉は、この男にしたのだ。
「お前の相手してる暇ねーんだよ」
あしらいたいのに、何を思ったか後ろをついてくる。
「おい、何でついてくるんだよ」
「何でついていって、文句あるんや。お見送りしたるで」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねーよ。散れ!」
振り返ると、忍足は形容しがたい顔をしている。
日吉が待っているのだから、気を留めている暇はない。今も走り出したいくらいなのだ。
立ち止まった忍足を置いて、校門へ向かった。

「跡部部長、ここです」
「待たせたな」
「いえ。まだ車が来てないんですが」
「あん?」
周りを見回すと、確かにベンツが見当たらない。
携帯で使用人にコールをかける。
使用人が珍しくあわてた様子で、突発の渋滞に車がはまってしまい動けないと伝えてきた。
不満より、好機と思う方が先だった。
さも仕方ないと言う態度で電話を切り、様子を伺っていた日吉と目を合わせる。
「歩いて帰るぞ」
「は?」
は?とは、どういう了見だ。嬉しくないのか!と口をついて出そうになる。
「あ、いえ、跡部部長が歩いて帰る姿を想像出来なかったので」
「俺だって、歩いて帰りたいときもある」
「そうですか、じゃあ、俺が駅まで送りますよ」
送られる。悪くない。
「ああ、しっかり連れていけよ」

大通りをあまり会話がないまま歩く。
「跡部部長、こっち通ると近道なんです」
導かれた道は、住宅街の細い道だ。人がまったくいない道だった。
「こんな道」
「はじめて通りますか?」
日吉がいじわるそうににやつく。
「あるに決まってるだろ!あまり通ったことはねえって、言うところだったんだよ!」
くすくすと笑う日吉の脇を小突く。
すると、はっと日吉に顔を凝視された。
「なんだよ?」
「いえ」
日吉の表情がまた硬くなった。
何か不味いことをしただろうか、と不安を退けるために周りを見回す。
妙な店があった。
「おい、あの店、人がいないぞ?」
「え?ああ、駄菓子屋ですね」
「駄菓子屋?菓子屋か?それにしちゃ、常温で商品を置いてるぜ」
日吉の顔が呆れ気味に崩れる。
「あんた、駄菓子屋知らないんですね」
「べ、別に知らねーわけじゃ」
「知らないでしょ?」
「名前しか知らなかった」
「何、意地張ってるんだか」
興味の赴くまま、店の軒先に入る。
やはり、店員はいない。
「こんなので売る気あるのかよ?ん??何だ、これは?人参???」
「ラッピングが人参型なんですよ」
飽き飽きした日吉が横に立つ。
「何か買って行きますか?今日の歩きで帰った記念日に」
「ふざけてんのか」
あれやこれやと見回す。
「跡部部長、これ」
「あん?なんだ、これ」
「たぶん、コーラです」
渡されるビンをまじまじ見る。確かにコーラらしき何かが入っていた。
よく冷えている。
「で?何するんだよ」
「飲み物を飲まない気ですか?」
「蓋が開いてない」
「こう!するんですよ」
歯で器用にビンの蓋を開けた。
「暑いですし、あんた、結構汗かいてますから、水分補給ですよ」
さも当然のように言うが、今、日吉のしたことが自分にできるだろうか。
と蓋をいじっていると、指の腹に痛みが走る。
「痛っ」
指を見ると、ぷっくりと赤い水玉が乗っている。
「何やってるんですか」
また、日吉に笑われた。悔しいはずなのに、こそばゆい。
いつも以上に気持ちの共有できている感覚をかみ締めている間に、日吉が血の膨れ上がっている指をつかむ。
さも当然のように、その指を口に含んだ。
「おっ!」
「止血です」
「ん・・・ああ」
呆然としている間に、日吉がもう一本のコーラも開ける。
「これで飲めるでしょう」
受け取って落ち着かないまま、軒下にある長椅子に腰を下ろした。
コーラと言う名も形状も知っているが、口にするのははじめてだ。
一口含んで、口の中ではじける感覚に驚いた。
「ぴりぴりするな」
「そうですね」
渋い顔でコーラを飲みながら、ぴりぴりした感触を確認する。
それと一緒に指の感覚もよみがえってくる。
日吉も横に腰を下ろした。
「美味しいですか?」
「ぴりぴりするな。口の中も、唇も」
「そうですか」
またすぐに終わる会話に、小さく身動ぐ。
「日吉、このピリピリはとるねーのか?」
「はぁ?」
心底呆れた顔をしたが、手早く冷蔵庫から水を取り出してくる。
「どうぞ。口直しでもしたら、直るでしょ」
受け取りはしたが、これではないと思った。
だからと言って、唇の感触の痛さが気にならないわけでもなかった。
「おい、日吉、唇がピリピリする」
さすがに日吉の目がうろんげだった。
「あんたは、さっきから唇唇って、誘ってるんですか?」
「は?」
「こっちは毎日我慢してるってのに、呑気なもんですよ」
やっと座った日吉が、再び立ち上がろうとする。
「ま、待てよ!どこいくんだ」
すかさず腕をつかんだ。
「あんたに逃げる猶予をやってるんです。もう少し、俺に対して警戒してもらえません?」
「警戒って、お前、恋人になんで警戒しなくちゃならねーんだよ」
日吉の表情が明らかに強張った。
「恋人でも、いつ人が来るか分からない場所で、我慢できなくなるなんて嫌ですよ」
「俺は構わないぜ」
「あんたの都合をきいてるんじゃないんです」
「それじゃ、俺もお前の都合に付き合う義理はねーな」
「え?」
腕を強引に引っ張って、日吉の身体を引き寄せた。
周りの気温とあまり変わらない体温としっとりと汗ばんだ感触がする。
「あ、とべさん!?勘弁、してください!」
「嫌なこった」
更に身体を抱き寄せて、日吉の困惑顔を堪能する。
と突然日吉の目つきが変わった。
「あんたは、あんたはバカだ」
言葉と共に、唇に濡れた柔らかいものが当たった。
「もう我慢できませんから」
再度、唇が濡れてキスだと気づいた。
「ひ、日吉・・・?」
「あんたを大切にしたくて、手を出さなかったのに、あんたは本当にバカだ」
―――大切に?
「日吉、お前、大切って」
「あんたと同じ目線になるまで、何もしないようにしようって。俺はあんたに見合う人間になりたかったから」
少し翳った日吉の顔に手を添えて、今度はこちらから唇を重ねる。
「俺はバカだぜ?だから、見合う人間とか、小難しい考え方するな」
「跡部部長・・・」
「俺とこういうことするのは、嫌か?」
「したいです」
「なら、我慢する必要ねーだろ。俺もしたかったんだからな」
今度は日吉から。ぎこちなくキスとハグ。

「ちょうど頂きましたよ、ありがとうねぇ。これからも仲良くするのよ」
小柄な老婆がニコニコと会計を済ませる。
ふと気づくと、店の奥でニコニコと座っていたのだ。つまり、散々いちゃいちゃとしていたところを見れたわけだ。
老人は大事にするものだと、肝に銘じた。

夕涼む中、ごく自然に手をつないで歩く。
「日吉。お前、何で忍足に、俺が今日暇だって漏らしたんだ」
帰り際の疑問を口にする。
「は?言ってませんけど」
「じゃあ、あいつはなんで、俺の予定を知ってんだよ」
「さぁ」
二人して、顔を見合わせる。
「まあ、どうでもいいでしょ」
「そうだな」
穏やかな時間をすごしながら、帰路を歩いた。