いつも背中ばかりを見ていた気がする。
彼の存在はあまりに大きくて、追いかけるのが精一杯だった。
今こうして側を歩くのでさえ一歩退いてしまうのは、きっとまだどこかで自分を疑っているのだろう。
下剋上だと口にしていても、結局は彼に対する自信など、皆無に近かった。
ぴんと伸びた背中、真っ直ぐに前へ歩む足。
彼はいつだって先を見ていた。
視線を落として歩みを止める。
離れていく影。
いつだって隣に立つのを躊躇うのは、彼が見据えた未来を妨げてしまうのではないかという不安と、――自分が傷付かない為の自衛と、言い訳だった。
立ち尽くす。
伸ばせない手の中に握り込んだ空気を閉じ込めて爪を立てた。
ふいに、落とした視線に飛び込んだ影。
爪先から上へと辿れば、彼の姿。
「なに突っ立ってんだ。後ろに居るかと思えば……ほら」
「……え、」
差し出された手に戸惑い揺らした視線。
強引に腕を取られて引寄せられ、困惑する。
「どうせ余計な事を考えてんだろうが」
「……っ」
「うじうじ考えてねえで顔を上げろ。――待っててやるから」
小さく落とされた言葉に目を瞠れば、珍しく浮かぶ苦笑にまた驚いて。
「追い付いてみせろ、日吉。まだ追い抜かせる気はねえが……この俺が隣に望んだんだ。自信を持てねえわけがないだろう?」
指に孕む熱。
焦燥が邪魔をして伸ばせなかった手は、彼の手の中。
「……っ、下剋上だ」
呟いた口癖は、何に宛てたものだったか。
蟠っていた思考が晴れて、すとんと胸に落ちていく。
まだ堂々と隣に立つのは気後れするかもしれない。
けれど今は、この手に触れたままで居たかった。
孕む焦燥、遠い背中、交わした体温。
日跡ちゃんへ捧ぐ